はじめに
このブログでは、私自身が提唱している「シンクロリッチな生き方」を、より再現可能で実践的なものとして深め、思想として体系化していくために、シュリー・オーロビンドをはじめとする思想を探究しながら、気づきや考察をアウトプットしています。
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シンクロリッチとは
シンクロリッチとは、自然の法則を味方につけながら自分の本質とつながり、意識を進化させていくことで、
シンクロニシティ(不思議な偶然)に導かれ、人生の道が自然に開けていく生き方です。 |
※詳しくはこちらの記事もご参照ください。

さて前回は、「アートマン」という概念について解説しました。

今回は、インド哲学を知る上で欠かせないもう一つの重要な概念である「ブラフマン」について、できるだけやさしく解説していきたいと思います。

「ブラフマン」という概念は、「アートマン」と同様に、世界最古の哲学文献の一つであるウパニシャッドを理解する上で欠かせない中核的な考え方です。
「ブラフマン」を一言で説明するなら?
ブラフマンとは、自然やこの宇宙を成り立たせている「秩序」や「法」そのもののことです。
ただしそれは、人が作ったルールや道徳ではありません。
最初から在り、意図せずとも常に働いている、根源的な自然の法を指しています。
私たちの生命はどのようにして生まれるのでしょうか。
木々は芽吹き、成長し、やがて枯れていきます。水は循環し、惑星は一定の軌道に従って動き、地球は自転と公転を繰り返しています。
私たちが生きている地球や宇宙には、偶然とは思えない一貫した秩序と法則が存在していることが、誰の目にも明らかです。
では、それらを成り立たせ、動かしているものは何なのでしょうか。
私はこれまでそれを「自然の法則」と呼んできましたが、インド哲学では、このような宇宙や自然を生み出している根源的な秩序そのものを「ブラフマン」と呼びます。
西洋的な世界観では、こうした秩序を「神が創り、動かしている」と表現することもあるでしょうし、「サムシング・グレート(偉大なる何か)」と呼ばれることもあります。
ブラフマンは、それらが指し示そうとしているさらに抽象度の高い次元を、哲学的に捉えた概念だと言えます。
ここで大事なポイント:ブラフマンはアートマンと同一である
ブラフマンを理解する上で、最も重要なポイントがあります。
それは、ブラフマンは私たちと分離した超越的な存在ではないということです。
ブラフマンは、宇宙のどこか遠くにある力ではなく、私たち一人ひとりの内側にも存在しているとウパニシャッドでは説かれます。
なぜなら、私たち自身も自然の一部だからです。
このとき、個人の内なる本質として語られるものが「アートマン(真我)」であり、
アートマンとブラフマンは本質において同一であるとされます。
つまり、
- 宇宙を成り立たせている根源的な秩序(ブラフマン)と
- 私たちの最も深い自己(アートマン)は
切り離されたものではない、という洞察です。
また重要なのは、ブラフマンは人格をもった「神」や「神様」とは異なるという点です。
ブラフマンは、意志や感情をもつ存在ではなく、存在・自然・意識を成り立たせている根本そのものとして理解されます。
私たちはもともと自然の一部であり、ブラフマンから切り離されることはありません。
ですが、「アートマン」に気づき、意識的に生きることで、
私たちはすでに宇宙の根源的な力と同一であり、一致している存在であることを自覚できるようになります。
そのとき、人生は、操作しコントロールするものではなく、自然の流れに抵抗なく在るものとして体験され始めるとインド哲学は教えてくれます。
「ブラフマンと一致していくことによって、人生に自然と必要なものが配置されるようになり、心穏やかに過ごすことができるようになる。」これがウパニシャッドの思想です。
シュリー・オーロビンドの思想はここからさらに展開されていきます。
そこが面白いところだと思うのですが、オーロビンドは、「心の平安」がゴールではなく、そのその平安こそが行動と創造の土台として用いられるべきものだと伝えています。
ここについてはまた改めて深めていきたいと思います!
まとめ
- ブラフマンとは、自然や宇宙を生み出している秩序や法そのもの
- 人が作ったルールではなく、最初から在り続けている根源的な自然の法
- ウパニシャッドにおいて中心的に語られた概念
- アートマン(真我)と本質的に同一であり、分離していない
ブラフマンという概念は、現実から離れるための思想ではなく、
自然と調和しながら、この世界をより深く生きるための智慧として、今の私たちにも大きな気づき与えてくれますね。
それではお読み頂きありがとうございました!


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