インド哲学では、
この世界と私たちの在り方を理解するために
「プルシャ」と「プラクリティ」 という2つの概念が使われます。
今回は、インド哲学を知るにあたって欠かせない
「プルシャ」と「プラクリティ」
について簡単に意味を解説します。

プルシャとは?
「プルシャ(Purusha)」とは、
出来事や感情を体験している「意識そのもの」 のことです。
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考えている私
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悩んでいる私
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喜んでいる私
それらを
「そう感じているな」と
静かに見ている意識。
それがプルシャです。
プルシャは
行動する存在ではなく、
評価もしません。
ただ
気づき、在り続ける存在です。
ですが、私たちはこのような「意識そのもの」の存在を意識することは少ないのではないでしょうか?
感情や悩み、思考に振り回されている場合、
プルシャの存在は無視されているような状態になっていると言えます。
プラクリティとは?
「プラクリティ(Prakriti)」とは、
私たちが体験している目に見える世界や現実を生み出している、
自然のはたらき・根源的な原理のことです。
私たちが日常で体験している、
身体
感情
思考
行動
人間関係
お金や仕事
起きている出来事
これらはすべて、
プラクリティが展開した現れです。
プラクリティは、
固定されたものではなく、
常に変化し、動き続け、形を変えながら現実を生み出しています。
私たちが
「現実が変わった」
「状況が動いた」
と感じるとき、
それはプラクリティが変容しているということでもあります。
プルシャとプラクリティの関係
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プルシャ:観ている意識
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プラクリティ:動いている現実
プルシャが変われば、プラクリティも変わります。
この2つは、
切り離せない関係にあります。
今日はここまで。
「プルシャ」「プラクリティ」という2つの関係性と定義について、理解できましたでしょうか?
お読みいただきありがとうございました。


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